Anthropicが公開した「FlashProve」は、そのための試作システムです。AIの提供側が回答に短い証明書を付け、利用者や監査する側が手元で確かめる仕組みを目指しています。
Anthropicの公式ブログによると、公開は2026年11月2日です。研究は同社のFrontier Red Teamが、EPFL(スイス連邦工科大学ローザンヌ校)やMITの研究者らと進めました。
回答の出所を確かめる手段がない問題
AIを使う人は、返ってきた回答が指定したモデルから出たのかを確かめられません。Anthropicは、ルーティングサービス(依頼をモデルに振り分ける仲介業者)がコスト削減のために別のモデルへ差し替える場合を挙げています。攻撃者がトークンの流れを改ざんする場合も同じです。回答の質が高くても、出力だけでは見分けられません。
重みが非公開のモデルが多く、仮に重みがあっても確認にはモデルの再実行が必要です。これは一般の利用者や評価者には重い負担です。
そこで研究されているのが「証明可能な推論」(Provable Inference、PI)です。計算資源が乏しく、重みも知らない利用者が、回答が指定のモデルから出たことを確かめられるようにする技術です。
zkSNARKという暗号技術を使う
FlashProveは、zkSNARK(ゼロ知識で、短く素早く検証できる証明)を使います。証明する側が短い証明書で「この計算は正しく実行された」と検証する側に納得させる仕組みです。証明書は、計算が正しいこと以外の情報を明かしません。検証にかかる時間は、元の計算より大幅に短くなります。
Anthropicの想定では、証明は数メガバイトで、利用者はCPUで数秒のうちに検証できます。回答が指定モデルとずれていれば、検証は失敗します。モデルの重みは証明から読み取れません。ただし、モデルの構造を隠すことは、このシステムの目標に入っていません。
400B級モデルで毎秒約110トークン、約19MB
性能の数字は次のとおりです。条件は、Llama 4 Maverick(400Bパラメーターのミクスチャー・オブ・エキスパーツ型)を4ビット量子化し、prefill(入力文を読み込む段階)で整数演算を使うものです。
- 使用GPU:NVIDIA H100 1枚
- 証明の生成速度:毎秒約110トークン
- 証明の大きさ:1,024トークンの依頼あたり約19MB
- GPU時間:オープンソースのライブラリvLLMで同じ長さの入力を処理する場合の約70〜95倍
Anthropicは、従来のオープンソースの手法は桁違いに遅いと説明しています。比較の詳細は技術報告書の第6節にあります。なお、証明の生成に元の推論の約70〜95倍のGPU時間がかかる点は、実運用に向けた課題として残ります。
Claudeが最適化し、Leanで保証を監査する
今回の改良の多くは、Claudeが行いました。暗号とセキュリティの分野の最新ツールを新しい形で応用しつつ、確立された設計原則に従ったといいます。
一方でAnthropicは、Claudeが大規模で複雑なシステムでは評価しにくい判断もすると認めています。その対策として、主張する安全性の保証を、最上位の命題としてLean(形式検証用の言語)で書きました。第三者が監査しやすくするためです。
公開された5点と想定される使い道
公開物は5点で、コード、Leanの証明、文書はApache 2.0ライセンスです。
- 公式ブログ記事
- 技術報告書
- Claudeが書いたプロトコル仕様書
- 実行可能なコード(証明器、C++の高速な検証器、Leanで正しさを保証した検証器)
- 最上位の数学的命題のLean証明と、監査用の対話型ビジュアライザー
Anthropicはこれを完成した研究計画ではなく中間成果と位置づけ、他の研究者が改良することを期待しています。
使い道として、3つの課題が挙げられています。
- 開発ペースの管理:規制当局が、提供側のハードウェアが推論に使われているかを証明書で確認する。ただし、裏で学習していないことまでは証明できません。
- 改ざんの検知:サーバーが侵害されたり、別のモデルが成り代わったりしても、期待する重みの証明は作れないため見抜ける。
- 文章の出所証明:「このソフトは先端モデルで脆弱性検査を受けた」といった主張を検証できる。
Anthropicは「フロンティア安全ロードマップ」で、2026年9月30日までに推論の出力を特定のモデルの重みに結びつけて署名する技術の試作を作る目標を掲げていました。同社はRSP(責任あるスケーリング方針)の更新で、この目標を別の関連プロジェクトで達成したと説明しています。それは推論トラフィックに署名し、信頼できるサーバーで再計算する方式で、今回は同じ目的を別の方法で追うものです。
AnthropicはAIが自らの脆弱性を見つける取り組みも進めています(Anthropic、未公開AIでChromeやSafariなどの深刻な脆弱性を発見)。
日本の読者への影響
コードはオープンソースで、日本からも入手できる形です。ただし、日本での利用に関する条件はまだ発表されていません。一般の利用者がすぐ使える製品ではありません。AI基盤、セキュリティ、監査を担当する人が、仕様と検証の仕組みを調べる材料になります。
画像:Anthropic(公式発表)