何が発表されたのか
米国マイクロソフト本社で開催された開発者向けイベント「Visual Studio Live!」において、同社プリンシパルアーキテクトのBob Ward氏が「Azure SQL Hyperscale」の最新機能と開発者向けガイドを解説しました。本セクションでは、2016年にコードネーム「Socrates」として始動した同サービスのアーキテクチャの優位性や、プレビュー版として提供が開始されたAI連携機能、さらには2026年8月後半にオープンソース公開予定の新しい負荷テストツール「Sqlsim」などが包括的に示されました。既存のSQL Serverとの100%の互換性を維持しながら、最新のクラウドネイティブかつAI対応のデータベースへと進化を遂げた点が強調されています。
発表された機能・アップデートの全容
コンピュートとストレージを完全に分離した分散アーキテクチャ
Azure SQL Hyperscaleの最大の特徴は、コンピュート資源とストレージ資源を完全に分離した、独自の分散型クラウドネイティブアーキテクチャにあります。従来のSQL Serverでは、単一の仮想マシン内にCPU、メモリ、ストレージが密結合しており、スケールアップに物理的な限界が存在しました。これに対し、Hyperscaleではこれらを個別のサービス層として定義しています。
最上位には読み書きを実行する「プライマリコンピュート」が位置し、ここには高速なローカルSSDキャッシュ(RBPEXキャッシュ)が搭載されています。トランザクションログの処理は、コンピュートから独立した「ログサービス」が担当し、トランザクションの永続化を極めて高速に処理します。実際のデータ管理は「ページサーバー」と呼ばれる、128GBのデータファイルをカバーするSSDキャッシュを備えた中間コンピュート層が担います。最下層には、耐久性に優れた「Azure Storage」が配置され、データファイルの実体とスナップショットバックアップを保持します。
この階層化により、プライマリコンピュートのメモリ容量に依存することなく、最大128TBまでの大容量データをミリ秒単位の低レイテンシで処理することが可能となりました。また、バックアップはストレージ層のスナップショット機能を利用するため、データベースのサイズに関わらずほぼ瞬時に完了します。これにより、たとえば40TBの超大規模データベースであっても、わずか7分でポイントインタイムリストア(PITR)を完了できるという、圧倒的な運用性能を実現しています。
Microsoft Entra IDによるパスワードレス接続と行レベルセキュリティ
エンタープライズアプリケーションにおいて極めて重要となるセキュリティ機能について、Hyperscaleは先進的なアプローチを提供します。Bob Ward氏は、データベース接続における接続文字列からパスワードを完全に排除する「パスワードレス認証」の重要性を説きました。具体的には「Microsoft Entra ID(旧Azure Active Directory)」の「Managed Identity(マネージドID)」を利用します。これにより、アプリケーションコード内や構成ファイルにデータベースの認証情報をハードコーディングする必要がなくなります。デモコードでは、C#の接続ビルダーにおいて「ActiveDirectoryDefault」を認証モードとして指定するだけで、安全な接続が確立される様子が示されました。
さらに、データのプライバシー保護をデータベース層で強制する「行レベルセキュリティ(RLS)」の実装が披露されました。電子カルテシステムのデモ「Ward General」では、ログインした医師のコンテキストを「SESSION_CONTEXT」と呼ばれるセッション固有の領域に保存します。データベース側に設定されたセキュリティポリシーは、このSESSION_CONTEXTの値を自動的に参照し、当該医師が担当する患者のレコードのみをフィルタリングして返します。アプリケーション側で「WHERE」句によるフィルタリングを記述し忘れた場合でも、データベースエンジンが強制的にアクセスを制御するため、開発者の実装ミスによる情報漏洩を防ぐことができます。この仕組みは接続プーリングを阻害しないため、パフォーマンスを犠牲にすることなく高度なセキュリティを確保できる点が、取材班の見立てでも非常に実用的であると評価できます。
最大30個まで個別構成可能な「Named Replicas(名前付きレプリカ)」
読み取り負荷の増大に対処するため、Hyperscaleは「Named Replicas(名前付きレプリカ)」と呼ばれる画期的なスケールアウト機構を提供します。通常の可用性グループ(HAレプリカ)では、プライマリコンピュートと同一のスペックを持つレプリカを用意する必要があり、コストが倍増する課題がありました。これに対し、名前付きレプリカはプライマリとは完全に異なるコンピュートサイズや課金モデルで個別に構成することができます。
動画内では、プライマリコンピュートに8 vCoresのプロビジョニング構成を採用しつつ、研究者や学生が利用する検索用の名前付きレプリカには「サーバーレス(Serverless)」構成を割り当てるデモが示されました。名前付きレプリカは、データを物理的にコピーすることなく、ページサーバーを介して共通のデータファイルを参照します。このため、レプリカの追加や削除が数秒で完了し、最大30個まで迅速にスケールアウトすることができます。サーバーレス構成の名前付きレプリカは、アクティブなクエリが実行されている時間のみ課金され、利用がない時間はコストを最小限に抑えられます。これにより、OLTP(オンライン取引処理)を実行するメインの業務システムに一切の負荷をかけることなく、大規模なレポート処理や分析バッチ、AI検索ワークロードを極めて低コストで並列実行することが可能になります。
データベース内AI統合:ベクトル検索と外部LLMのシームレスな連携
Hyperscaleは、現代 of AIアプリケーション開発に不可欠な機能をデータベースエンジン内部に統合しています。デモシステム「Ward General」では、6万件以上の臨床カルテデータに対してセマンティック検索を実行する「ベクトル検索」が実演されました。具体的には、カルテのテキストデータをベクトル化(埋め込み)したデータを「vector」データ型としてデータベース内に格納します。検索時には、ユーザーが入力した自然言語(例:「高齢者、持続的なうっ血」など)を同様にベクトル化し、近似隣接探索アルゴリズムを用いて類似するカルテを瞬時に抽出します。このベクトル検索処理は、前述の名前付きレプリカ上で実行されるため、日常の診療業務システムに干渉しません。
さらに、ストアドプロシージャの内部から外部のAIモデル(Azure OpenAI Service等)を直接呼び出す「AI assistance」機能が紹介されました。医師がカルテ画面で「Get AI assistance」ボタンをクリックすると、データベース内のストアドプロシージャが起動します。このプロシージャは、対象患者のバイタルデータや既往歴を自動的に集計し、安全なREST呼び出しを介して外部のLLM(大規模言語モデル)に送信します。LLMから返された要約や推奨アクションは、データベースを介してアプリケーションに返却され、画面上に表示されます。アプリケーション開発者は、複雑なオーケストレーションコードを記述することなく、使い慣れたSQLのストアドプロシージャを呼び出すだけで、高度なジェネレーティブAI機能をシステムに組み込むことができます。
新負荷テスト・シミュレーションツール「Sqlsim」のオープンソース公開
Bob Ward氏は、SQL ServerおよびAzure SQLのパフォーマンス検証を劇的に効率化する新しいシミュレーションツール「Sqlsim」を初公開しました。本ツールは、従来の負荷テストツール「Ostress」の後継として位置づけられており、C++およびODBC、そしてPython(sqlpysim)で開発されています。最大の特徴は、Windowsだけでなく、LinuxやmacOS(Apple Siliconを含む)といったマルチプラットフォームで動作する点にあります。
開発者は、テストしたいSQLクエリやワークロードのシナリオをJSONファイルとして定義し、シミュレーターに読み込ませることで、任意のユーザー数や同時実行数での負荷を再現できます。デモ画面では、Sqlsimを実行した結果として、詳細なパフォーマンス統計がHTML形式のレポートとして自動生成される様子が示されました。レポートには、クエリごとの実行時間、CPU使用率、論理的・物理的I/O数などのメトリクスがグラフ付きで視覚的に整理されています。これにより、データベースのスケールアップ(例:2 vCoresから192 vCoresへの変更)や、インデックス追加の効果を、本番環境にデプロイする前に正確に検証することができます。本ツールは2026年8月後半にGitHub上のパブリックリポジトリでオープンソースとして公開される予定であり、コミュニティによるプルリクエストやフォークも歓迎されています。




