この動画で語られていること
高度経済成長期の日本において、急激な人口流入に伴う住宅不足を解消するために整備されたのが、多摩地域の巨大団地群です。本動画では、1950年代後半から1970年代前半にかけて誕生した代表的な6つの団地(多摩平、ひばりが丘、都営村山、多摩川住宅、木曽山崎、諏訪・永山)の歴史と、それから60年が経過した現在の姿を、国土地理院の過去の空中写真と現在の3D空撮映像を対比しながら検証しています。
それぞれの団地が、老朽化や高齢化といった共通の課題に直面しながらも、UR都市機構や東京都住宅供給公社、民間デベロッパーとの連携によって、高層化、民間住宅や商業施設の誘致、既存建物のリノベーション、さらには新たな交通インフラであるモノレールの延伸計画など、多様な手法で都市の再生を図っている実態が詳細にレポートされています。
取り上げられた物件・エリアの詳細
多摩平団地(日野市):高層化と民間活力の導入による「多摩平の森」への転生
多摩平団地は、JR中央線の豊田駅から徒歩3分の位置に広がる、1958年(昭和33年)に入居が開始された団地です。当初は29ヘクタールの広大な敷地におよそ250棟、2,792戸が規則正しく並び、首都圏における公団住宅の最初期における最大級のマンモス団地として知られていました。
1996年度から始まった建て替え事業により、団地は高層化され、現在は「多摩平の森」として11ヘクタール、30棟、1,528戸へと集約されています。この再開発において注目すべきは、余剰となった土地を民間事業者に売却し、2014年の「イオンモール多摩平の森」をはじめとする商業施設や民間住宅を誘致した点です。さらに、昭和の面影を残す5棟の住棟を解体せずに残し、シェアハウスや菜園付き賃貸住宅、高齢者向け住宅として再生した「たまむすびテラス」の試みは、画一的な建て替えにとどまらない団地再生の先駆的な事例として位置づけられます。
ひばりが丘団地(西東京市・東久留米市):昭和の象徴「皇室視察のベランダ」を残す先進的再生
西東京市と東久留米市にまたがるひばりが丘団地は、1959年(昭和34年)に入居が開始されました。約34ヘクタールの敷地に約180棟、2,714戸が建設され、当時は日本最大級の規模を誇りました。この団地は、1960年9月に当時の皇太子ご夫妻(現在の上皇ご夫妻)が視察されたことでも知られており、ご夫妻が住民に手を振られた74号棟のベランダ部分は、現在も記念碑的に現地に保存されています。
建て替え事業は1999年に着手され、2012年に「ひばりが丘パークヒルズ」として生まれ変わりました。UR都市機構の管理戸数は2026年3月末時点で1,504戸となっています。ここでも既存ストックの有効活用が行われており、旧118号棟はコミュニティ拠点「ひばりテラス118」として、旧53号棟はサービス付き高齢者向け住宅へとリノベーションされ、地域のつながりを維持する工夫が施されています。
都営村山団地(武蔵村山市):都内最大級の都営団地とモノレール延伸への期待
武蔵村山市にある都営村山団地は、1964年度から1966年度にかけて建設されました。敷地面積は約55ヘクタール、当初の戸数は5,260戸に及び、都営住宅としては都内最大級の規模を誇ります。この団地の特筆すべき点は、住まいの確保が急務であった時代背景から、わずか3年という極めて短い期間で建設されたことにあります。
1997年度から建て替え事業が開始され、2024年(令和6年)3月末時点で3,861戸の建て替えが完了しています。未建て替えの住棟が266戸残されており、全体でおよそ4,127戸となっています。この村山団地において現在、最大の注目点となっているのが交通インフラの劇的な変化です。武蔵村山市は東京都の市部で唯一、鉄道の駅が存在しない自治体ですが、多摩都市モノレールの上北台から箱根ケ崎間(およそ7.1キロ)の延伸計画が具体化しています。2025年11月27日に国から都市計画事業認可を受け、東京都が事業に着手しました。団地内に新駅が設置される予定であり、2030年代半ばの開業を目指して再整備が進められています。
多摩川住宅(調布市・狛江市):公社初のマンモス団地と「給水塔の聖地」の建て替え
多摩川の至近に位置し、調布市と狛江市にまたがる多摩川住宅は、1966年(昭和41年)8月に入居が始まりました。東京都住宅供給公社(JKK東京)にとって初の大規模団地であり、88棟、およそ3,900戸が供給されました。そのうち2,048戸が分譲、残りが賃貸として計画され、ひとつの団地内に分譲と賃貸が同居する先駆的な構成をとっています。
多摩川住宅の象徴となっているのが、高さ約40メートルに達する「とっくり型」の給水塔です。かつては5基がそびえ立ち「給水塔の聖地」と呼ばれましたが、老朽化と建て替えに伴い、2024年の暮れ時点で残存しているのは3基となっています。現在、多摩川住宅では街区ごとの建て替えが順次進行しています。まず、ホ号棟(380戸)が900戸の近代的な高層マンション「シティテラス多摩川」へと建て替わり、2025年10月に竣工しました。さらに隣接するニ号棟(522戸)についても、4棟、1,217戸への建て替え工事が始まっており、2028年6月の竣工を予定しています。
木曽山崎団地地区(町田市):1万戸を超える丘の上の「都市」と将来の駅構想
町田駅から北西におよそ3.5キロ離れた丘の上に位置する木曽山崎団地地区は、単一の団地ではなく、町田木曽住宅、木曽住宅、山崎団地、山崎第二住宅の4つの団地が隣り合う巨大な住宅地区です。町田市の資料によると、これら4団地の合計戸数は1万125戸に達し、団地というよりもひとつの独立した都市の様相を呈しています。さらに隣接するJKKの境川住宅(2,238戸)を合わせると、このエリア一帯でおよそ1万2,400戸の住宅が集積しています。
この地区は、1963年度の木曽住宅の入居開始を皮切りに、1969年度にかけて次々と整備されました。敷地内には学校、商店街、図書館、医療機関、公園などが完備されており、鉄道駅がないにもかかわらず自結性の高い生活圏が確立されていました。近年では、2013年に策定された「木曽山崎団地地区まちづくり構想」が2026年3月に全面改定され、閉校した小学校跡地にパラスポーツ専用体育館「パラアリーナ」が建設されるなど、新たな機能の導入が進んでいます。また、多摩都市モノレールの町田方面への延伸ルートが2021年12月に選定されており、2040年ごろの新駅設置を想定した長期的なまちづくりが描かれています。
諏訪・永山団地(多摩市):多摩ニュータウンの原点と合意形成20年の軌跡
多摩市に位置する諏訪・永山団地は、1971年(昭和46年)3月26日、日本最大規模の都市開発である「多摩ニュータウン」の第一次入居地区として誕生しました。入居開始時の供給戸数は6,802戸でおよそ200世帯が最初に入居しました。この団地は、谷側に車道を通し、尾根側に住宅と歩行者専用道路を配置して、歩行者と車を高さで完全に分離する「歩車分離(ラドバーン方式)」が徹底して設計された都市開発の金字塔です。
しかし、入居当初は京王相模原線や小田急多摩線の駅が開設されておらず、住民は一番近い駅まで約4キロの道のりを通勤・通学せざるを得ない過酷なスタートでした(駅の開業は1974年)。
諏訪・永山団地における再生の象徴が、諏訪二丁目住宅(640戸、23棟、全戸3DK・48.85平米)の建て替え事業です。これは1,249戸、7棟の「ブリリア多摩ニュータウン」へと生まれ変わり、2013年10月に竣工しました。多摩ニュータウンにおける最初の大規模分譲マンション建て替え事例ですが、その合意形成プロセスは困難を極めました。1988年に建て替えの議論が持ち上がってから、2010年に一括建て替え決議が成立するまでに20年以上の歳月を要しています。決議時点で54世帯が合意せず、最終的に明け渡しを求める裁判にまで発展した歴史は、区分所有マンションにおける建て替え合意形成の難しさを如実に物語っています。




