DeepSeek(ディープシーク)は2026年9月10日、次世代LLMアーキテクチャを採用した新モデル「DeepSeek-V4.1-Flash」の技術論文およびAPIサービスを公開しました。総パラメータ数を5520億へと倍増させながら、メモリ消費量の大部分を占めるKVキャッシュを従来の約4分の一に削減しています。100万トークンの長文脈処理における推論コストを劇的に下げる技術基盤が確立されました。
何が発表されたのか
AI研究開発企業DeepSeekは2026年9月10日、新たな言語モデルアーキテクチャを採用した「DeepSeek-V4.1-Flash」の技術論文を公開し、同日よりAPI経由での一般提供を開始しました。本モデルは研究段階の概念実証にとどまらず、すでに商用APIとして本番環境で稼働しています。
総パラメータ数は前世代「V4-Flash」の2840億から5520億(552B)へ拡大しました。これに加え1960億パラメータの外部記憶モジュール構造を備えています。一見するとモデルの大型化に伴い計算コストが増大するように見えますが、内部構造を全面的に刷新することで、入力処理時(プレフィル時)のアクティブパラメータ数をわずか80億(8B)に抑制しています。
自律型AIエージェントのように、巨大なコードベースやツール実行履歴を何度も読み込む実務環境において、ボトルネックとなるKVキャッシュの生成・読み出しコストを極限まで低減させることに成功しています。
発表された機能・アップデートの全容
Causal Encoder-Decoder(CED)によるプレフィル処理の最適化
従来のTransformerモデルでは、100万トークンの巨大プロンプトを入力した際、全40層などのすべてのレイヤーにおいて100万トークン分の計算を通す必要がありました。DeepSeek-V4.1-Flashでは「Causal Encoder-Decoder(CED)」と呼ばれる非対称アーキテクチャを導入しました。
CEDはモデルの前半20層を「Causal Encoder」、後半20層を「Decoder」と定義します。プロンプトを読み込むプレフィル段階では、入力トークンは前半のEncoderのみを通過し、そこで生成された最終隠し状態(Hidden State)から各Decoder層のKey/Value(KV)を直接射影します。これにより、プロンプト読み込み時の計算量を従来の約半分に削減し、アクティブパラメータ8Bという軽量動作を実現しました。
Compressed Sparse Attention 2(CSA2)による層間KVキャッシュ再利用
従来のアテンション機構では、レイヤーごとに独立した巨額のKVキャッシュを保持・読み出しする必要がありました。これに対し「CSA2」は、トークン方向の圧縮だけでなく、モデルの「深さ(レイヤー方向)」でもKV状態を再利用する技術です。
CSA2は各レイヤーを「Full mode」「Reindex mode」「Reuse mode」の3つに分類して処理します。Full mode層で構築したグローバルメモリを、後続のReuse mode層で一切再計算せずにそのまま参照します。思考の観念が変わるポイントでのみReindex mode層が新たな検索インデックスを作り直します。この階層構造により、精度を落とすことなくメモリ帯域の負荷を大幅に削減しています。
SWA Bounded Replayと永続KVキャッシュの大幅削減
直近のトークン(128トークン)に局所集中するSliding Window Attention(SWA)は、層を重ねるごとに依存関係が複雑化し、長文脈セッションの保持においてストレージ容量を圧迫していました。
DeepSeek-V4.1-Flashは「SWA Bounded Replay」技術を開発しました。各デコーダ層で過去128トークンのみを直接リプレイ再生してローカル状態を即座に再構築します。これにより、SWAのKVキャッシュをSSDなどの永続ストレージに保存する必要が完全になくなりました。結果として、1トークンあたりの永続KVキャッシュサイズはわずか890バイトに収まり、前世代比で75%のHBM節約と87.5%のSSD容量削減を達成しました。
196Bパラメータを追加する記憶モジュール「Engram」と「Single-Pass mHC」
本モデルには、552BのMoE本体に加え、1960億パラメータ規模の条件付き記憶モジュール「Engram」が統合されています。Engramはハッシュテーブルに基づくルックアップ方式で動作するため、パラメータ容量を増やしても1トークンあたりの計算量(FLOPs)はほぼ増えません。
また、残差ストリーム(Residual Stream)へのアクセス負荷を軽減する「Single-Pass mHC(Manifold-Constrained Hyper-Connections)」を実装しました。従来の重複アクセスを解消し、カーネル実行時のメモリトラフィックを従来の約半分に削減しています。
3×3 Pixel Unshuffleによるネイティブ多峰性(マルチモーダル)対応
視覚情報の処理において、DeepSeekは独自開発の「DeepSeek-ViT」をスクラッチから学習させて直接統合しました。外部アダプタを後付けする従来手法とは異なります。
入力画像は「3×3 Pixel Unshuffle」処理によって空間的な特徴量をチャネル方向に折りたたみ、ビジョントークン数を9分の1に圧縮します。1344×1344の高解像度画像を入力した場合でも、言語モデル側のコンテキストを圧迫することなく迅速な画像理解を可能にしました。
1から100まで段階調整可能な思考量制御「Reasoning Effort」
推論機能(Reasoning)の制御方式も刷新されました。従来の「High」「Max」といった離散的なモード指定ではなく、1から100までの連続値で「Reasoning Effort」を設定できます。
低設定では強いトークンペナルティが課され即座に回答を出力します。高設定では十分な計算コストをかけて思考プロセスを展開します。タスクの難易度や要求レスポンス時間に応じたきめ細やかなコスト最適化が可能です。
性能・ベンチマーク
動画内で公開された主な評価指標および他モデルとの性能比較は以下の通りです。
| ベンチマーク指標 / 条件 |
DeepSeek-V4.1-Flash |
DeepSeek-V4-Pro (前世代) |
Claude Opus 5 (編集部注: 仮定モデル) |
GPT-5.6 Sol (編集部注: 仮定モデル) |
出典 |
| Terminal-Bench 2.1 (精度 %) |
90.6% |
87.9% |
89.1% |
88.8% |
動画内スライド(2:11) |
| 1Mトークン時入力価格 ($/1M token) |
$0.15 (Off-Peak) |
$0.66 (V4-Pro) |
$3.00 (推定) |
$2.55 (推定) |
動画内スライド(0:08, 2:11) |
| KV Cacheサイズ (Bytes/token) |
890 Bytes |
3,514 Bytes |
非公表 |
非公表 |
動画内スライド(0:44) |
| プレフィル時アクティブパラメータ |
8B (80億) |
8B |
非公表 |
非公表 |
動画内スライド(0:25, 16:21) |
| デコード時アクティブパラメータ |
16B (160億) |
16B |
非公表 |
非公表 |
動画内スライド(0:25, 16:25) |
エージェント自動化能力を測るTerminal-Bench 2.1において、DeepSeek-V4.1-Flashは自社の最上位フラグシップモデル(V4-Pro)や他社の主力フロンティアモデルを上回る精度を記録しています。
競合サービスとの比較
同等の長文脈・エージェント用途における主要サービスとの比較を以下に整理します。(※競合モデルのスペック表記は動画内比較資料および一般的な市場予測データに基づく編集部補足を含みます)
| 比較項目 |
DeepSeek-V4.1-Flash |
Anthropic Claudeシリーズ |
OpenAI GPTシリーズ |
Google Gemini Flash |
評価と競合優位性 |
| 1M文脈の入力コスト |
圧倒的に安価 ($0.15/1M) |
高価 ($3.00〜) |
中〜高価 ($1.25〜) |
安価 ($0.25〜) |
DeepSeekが市場最安値を更新 |
| KVキャッシュ保持効率 |
極めて高い (890B/token) |
標準的 |
標準的 |
高い |
サーバー側のメモリ保持コストでDeepSeekが圧勝 |
| エージェントタスク精度 |
業界トップクラス (90.6%) |
最高水準 |
最高水準 |
中〜高水準 |
安価でありながら高性能領域を維持 |
| アーキテクチャ構成 |
CED + CSA2 + MoE |
密結合型/MoE |
密結合型/MoE |
Sparse Transformer |
DeepSeekは計算効率化に完全特化 |
他社がベンチマークの絶対的な最高精度(State-of-the-Art)のみを競う中、DeepSeekは「同じ精度を何分の1のコストで実現できるか」というインフラ最適化の軸で明確な優位性を築いています。
料金・提供プラン
DeepSeek-V4.1-FlashのAPI従量課金料金は、時間帯(Peak / Off-Peak)とキャッシュヒットの有無によって細かく定義されています。
| 区分 |
入力(キャッシュヒット時) |
入力(キャッシュミス時) |
出力(Generation) |
適用時間(UTC) |
| Off-Peak 時間帯 |
$0.003 / 1M tokens |
$0.15 / 1M tokens |
$0.60 / 1M tokens |
ピーク以外の時間帯(土日祝含む) |
| Peak Hours 時間帯 |
$0.006 / 1M tokens |
$0.30 / 1M tokens |
$1.20 / 1M tokens |
01:00-04:00 / 06:00-10:00 UTC |
キャッシュがヒットした場合の入力単価は100万トークンあたり0.003ドルとなり、大量のコンテキストを繰り返し参照する用途ではコストがほぼゼロに近づきます。
日本から使う方法
日本のユーザーや開発者がDeepSeek-V4.1-Flashを導入する手順は以下の通りです。
- 公式プラットフォームへのアクセス: DeepSeekの開放型APIポータル(platform.deepseek.com等)にアクセスし、アカウントを登録します。
- APIキーの取得: ダッシュボードのAPI Key管理画面から新しいシークレットキーを発行します。
- 既存SDKでの呼び出し: OpenAI互換のAPIフォーマットを採用しているため、Pythonの
openaiライブラリ等のエンドポイント(base_url)を変更するだけで接続可能です。
- モデル名の指定: クエリ送信時のモデル指定文字列に
deepseek-v4.1-flashをセットします。
- 日本語対応とリージョン制限: 日本語の入出力に対応しています。特定IPからのアクセス制限等はなく、日本国内から直接APIを呼出可能です。
誰にどう効くのか
エンジニア・AI開発者へのインパクト
コードベース全体(数万行)をコンテキストに読み込ませて開発を補助させるコーディングエージェントの運用コストが劇的に下がります。推論時のKVキャッシュ負荷が小さいため、自社サーバーでローカル運用する際も必要なGPU枚数を大幅に削減できます。
企画・マーケティング担当者へのインパクト
過去数年分の顧客問い合わせログや大量のマーケティングレポートを一括で読み込ませ、文脈を踏まえた分析を行う高度な分析パイプラインを低予算で構築可能になります。トークン化コストを気にせずプロンプトを作り込めます。
経営層・CTOへのインパクト
AIエージェントの導入で懸念される「API従量課金の爆発」を回避できます。従来比で10分の1以下の計算インフラ費用で同等以上のAI自動化ラインを確立できるため、プロダクトの粗利益率(粗利)を直ちに改善できます。
まとめ
DeepSeek-V4.1-Flashは、モデルの巨大化と推論コストの低減を両立させた歴史的なアーキテクチャ刷新です。読者の皆様はまず、既存のプロンプト処理パイプラインの入力エンドポイントをV4.1-Flashに差し替え、レスポンス速度とAPI利用料の変化を検証することをお勧めします。