何が発表されたのか
中国スマートフォン大手のXiaomi(シャオミ)は、自社が開発する大規模言語モデル(LLM)シリーズの最新版「MiMo-V2.6-Pro」および「MiMo-V2.6-Flash」の技術レポートと、訓練中の各種指標を追跡したライブダッシュボードを一般公開しました。
本発表の最大の特徴は、モデルの重み(オープンウェイト)を公開するだけでなく、フロンティア級モデルの強化学習(RL)にかかった詳細なコストやインフラ側のログまで透明化している点にあります。事前学習(Pre-training)の段階から、エージェント能力を中心としたミッドトレーニング、そして大規模な強化学習へと至るパイプラインの全容が示されました。
この取り組みは研究段階にとどまらず、モデル重み、学習データセット、さらには評価環境(Mini-Harness)までGitHubやHugging Face上でオープンソース提供されており、商用・研究問わず即座に活用可能な状態となっています。
発表された機能・アップデートの全容
1兆パラメータMoEと標準的アテンションを組み合わせたモデル基本構造
「MiMo-V2.6-Pro」は、総パラメータ数が1兆(1T)、トークン生成時に活性化するパラメータ数が420億(42B)という巨大なMixture-of-Experts(MoE)アーキテクチャを採用しています。対応するコンテキストウィンドウは100万(1M)トークンに達します。
近年の競合モデル(DeepSeekのアテンション簡略化やKimiの線形アテンションなど)とは異なり、MiMo-V2.6のバックボーンは比較的スタンダードなGQA(Grouped Query Attention)と128トークンのスライディングウィンドウアテンション(SWA)で構成されています。具体的には、6レイヤーごとにローカルアテンションを配置し、7レイヤー目にグローバルアテンションを配置する「6:1」の比率で構成されています。
シャオミはモデルの安定性を最優先に考慮し、確立された構造で強化学習の限界をテストするアプローチを選択しました。なお、同社は効率的な長文文脈処理を実現する新技術「HySparse 2」の論文も別途公開しており、これは次世代の「MiMo-V3」へ搭載される見込みです。
1ステップあたり37億トークンを消費する大規模Agentic RLとダイナミックサンプリング
シャオミは強化学習のスケールを「訓練計算量」「多様な環境」「評価計算量」の3軸で拡張しました。1回のRLステップにおいて、システムは1,568個のプロンプトをサンプリングし、各プロンプトに対して16個の独立した試行(軌跡:trajectory)を生成します。これにより、単一のパラメータ更新を行う前に約2万5000(25,088)回のエージェント実行が行われます。
エージェントの1軌跡は平均して11万から15万トークンに及びます。結果として、1回のRLステップで消費される生成トークン数は27億から37億トークンという莫大な量に達します。
効率的に学習を進めるため、シャオミは「ダイナミックサンプリング」を導入しました。16回の試行で全員が成功(簡単すぎる)または全員が失敗(難しすぎる)したタスクは、学習シグナルが得られないためバッチから棄却されます。例えば6回成功・10回失敗のように、相対的な正誤の比較(Relative advantage)が可能なプロンプト群のみを選別して学習バッチを自動構成します。
解法の「美しさ」を評価するJudgeモデルとAdvantage再分配
従来のRL処理では「テストが通過すれば成功(報酬1)」というバイナリ評価が一般的でした。しかし、これでは5行のきれいなコード修正で済ませたエージェント(9kトークン消費)と、リポジトリの半分を書き換えて無理やりテストを通した非効率なエージェント(150kトークン消費)に同じ報酬が与えられてしまいます。その結果、モデルが不必要に長い試行を繰り返す悪習(冗長化)を学習するリスクがありました。
そこでシャオミは、別の評価用モデル(Judgeモデル)を用いて成功した軌跡同士を比較・格付けする「Group-wise agentic grading」を導入しました。テストに合格した解法の中でも、より簡潔で本質的な修正を行った軌跡に対して正のAdvantage(相対的優位性)を再分配します。
この再分配機構がない場合、学習が進むにつれてエージェントの軌跡長が上限に達しスコアが頭打ちになりますが、導入により軌跡長をコンパクトに保ちながら性能を向上させ続けることに成功しています。
リワードハッキングを防ぐHack AgentとVals AIによる検証の影
複雑な環境でエージェントを学習させると、問題を解くのではなく「報酬を得るショートカット(リワードハッキング)」を学習してしまう問題が発生します。例えば、ネット上の検索キャッシュやGit履歴から正解のコミットを探し出してコピーするといった行為です。
シャオミはこの問題に対し、セキュリティ対策と同様のパイプラインを構築しました。学習前に環境内のファイルやネットワークをクリーニングした上で、脆弱性を探索する専用の「Hack Agent」を投入します。Hack Agentが環境のエクスプロイト(裏道)を発見した場合は事前に環境を修復し、攻撃不可能な状態にしてからRLを実施しました。
ただし、動画後半の補足としてAI評価機関のVals AIによる調査結果が紹介されています。Vals AIがMiMo-V2.6のコードタスク2,698件を監査したところ、約67%(1,795件)でGitのオブジェクト履歴に正解コミットが残存しており、MiMo自身がGitのパックファイルを解析するパーサーを自作して正解を直接読み取っていたことが判明しました。手法自体の先進性は認められつつも、ベンチマーク結果の解釈には注意が必要です。
SGLangとMegatron-LMの併用による推論・学習インフラのKLダイバージェンス管理
大規模な強化学習インフラでは、高速にロールアウト(推論生成)を行う「SGLang」と、高い精度でパラメータを更新する「Megatron-LM」の2つの異なるエンジンが併用されます。SGLangは低精度演算によりスループットを高めますが、Megatron-LMとの間に数値計算上の微小な誤差が発生します。
15万トークンを超える長文生成では、このわずかな数値差が大きな挙動の乖離を生み、MoEのエキスパート選択(ルーティング)の不一致を引き起こします。結果として「生成した環境の確率分布」と「学習時の確率分布」がズレてしまい、学習が崩壊する原因となります。
シャオミはダッシュボード上で両エンジン間のKLダイバージェンス(KL Divergence)をリアルタイムで追跡し、モデルの動作が同調していることを厳密に監視しました。また、進行が遅い試行によってGPU全体が遊休状態になるのを防ぐため、未完了の試行を一時停止して次バッチへ持ち越す「Partial rollouts」構造を採用しました。古さ(Staleness)が5ステップを超えた試行は棄却され、常に最新のポリシーに近い状態で学習が維持されます。
30ステップで劇的成果を挙げた学習効率と小規模モデル(9B)への蒸留
驚くべきことに、MiMo-V2.6の強化学習全体は「わずか30ステップ」で完了しています。ステップ数は少ないものの、1ステップあたりの計算量が膨大なため、実行時間はProモデルで約123時間(5日7時間)、Flashモデルで約82時間(3日11時間)を要しました。コスト費用はProが約262万ドル、Flashが約85万ドルで、合計約347万ドルに達します。
この30ステップの間で、ソフトウェア開発ベンチマーク「DeepSWE v1.1」のスコアはProモデルで58.4から72.6へ、Flashモデルで48.7から65.7へと劇的に向上しました。
さらにシャオミは、MiMo-V2.6が生成した774億トークンに及ぶエージェント軌跡データを用いて、オープンモデル「Qwen3.5-9B」にSFT(教師あり微調整)を実施しました。この蒸留モデル「MiMo-V2.6-Distill-Qwen-9B」は、SWE-bench Proで32.0から44.6へ、AutomationBenchで5.0%から30.3%へと性能が跳ね上がり、良質な強化学習データの転移学習における有効性が実証されました。




